特別支援学校、合同音楽の授業、一日目

今回は佐藤公哉くん、あだち麗三郎くん、北里史絵さんと一緒に学校に行っています。

肌で感じて、意見を出してくれたり、音にしてくれたり、話を聞いてくれたり、本当にありがとう。

障がい、とされているものは、子どもたちそれぞれの特徴だったんだろう。出会うきっかけにもなったんだろう。それは私たちにとっては今回、音楽をやってきた、ということなのかもしれない。

いろいろと悩んだけれど、結局いつもと同じことをやった。それからはじめての音で満たされていた。
わたしは、わたしにとって大事なことを、他のひとの朗らかな音と照らし合わせながら、一区切りの時間として、場として共有する機会を与えていただいている。大変個人的で、かつ社会と関わっているからこそ、あえて大事に守りたいこと、他の人がいるからできること。

子どもたちは意思を持ったすべてのことを全身全霊でやっていた。アコーディオンを弾きたいと思ったら、鍵盤にぶつけるためにてをぎゅっと握って、とどくように、動くように、からだ全部をうんと伸す、また、それができるために、内側に戻す力を、使おうとする一瞬をからだから感じたりもした。
わたしも必死で楽器の角度をいろいろに調整した。そういう時間があった。

史絵さんが、山元加津子さんの「本当のことだから」を貸してくれた。
とても不思議な本。誰かが誰かのいつかよい日のために存在しているということ。人と自分を大切に思う心。

アコーディオンを二人で演奏しているときに、空間の全体になっていた空気の震え、粒のざわめきみたいなもの、安心して身を委ねていた。
それはそのまま、来てくれた仲間たちと、子どもたちと、先生たちのことだったんだろう。

給食の後、子どもが話しかけてくれた。合同音楽、やった、といった後、好きなテレビ番組のことを、アコーディオンのときと同じように一生懸命話してくれたけど、テレビを見ないから、ほとんどわからなかった。

私たちはボランティアではない、サービスや商品を提供する者でもなく…なんなんだろう、アーティストと呼ばれるなら、それは子どもたちにとってなんなのだろう。

出会いという接点があるなら、そこにはかならず相互のエネルギーのゆききがある。
公哉がいってくれたように、いただいている、受け取っているという感覚が、いつまでも持ち続けられる表現者でいたい。

これからもたくさんまよいそう…だなぁ。
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by yukiko_nishii | 2014-02-05 00:33 | もび | Comments(0)
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